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名古屋高等裁判所 昭和54年(ネ)582号 判決

控訴人

明治地所株式会社

右代表者

小坂井保好

右訴訟代理人

西村諒一

被控訴人

杉浦鉞江

右訴訟代理人

恒川雅光

三浦和人

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の申立

一  控訴人

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二  当事者の主張及び証拠関係

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次に付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  控訴人の追加陳述

(一)  原判決は、本件ベランダが民法二三五条一項の縁側に該当する理由として、本件ベランダも、縁側と同じく建物の一部に属し、居室の外側にある縁であることに変りがなく(構造上の共通性)、手すりをもつて外部とも遮断され、居住者の生活上の各種用に供されている(機能上の共通性)ことを判示している。しかし、民法二三五条一項にいう縁側とは、専ら日本式木造家屋の内部に設けられた居室の一部として利用されているものを指すもので、本件ベランダはこれに該当しないと解すべきである。すなわち、縁側は、その床面は建物内部にあり、ガラス戸の内側にある場合には、構造上も機能性も居室としての効用をもち、ガラス戸は窓と同じ役割を果すこととなるから、目隠しを設置することが要請されるのである。これに対し、本件ベランダは、その床面は建物外部に突き出し、居室のガラス戸(窓と同じ役割)の外に設置され、構造上・機能上居室としての効用を有しないのであり、狭小であつて専ら洗濯物干し場程度の効用しかない点において木造家屋の屋根にたまたま設置してある洗濯物干し場と変らないのであつて、市内マンションに往々階段が境界線に接して設置されているが、人が通るからといつて目隠しを施すということがない例からみても、本件ベランダに目隠しを設置することは要請されないというべきである。

(二)  原判決は、被控訴人は控訴人において本件マンションを現在の位置に建築し着工することを黙示的に承諾し、その結果本件ベランダも本件境界線にほとんど接して設けられることも黙示的に承諾していたものと推認しているものの、目隠しをつけない点については黙示的承諾があつたことを認めるに足りないと判示している。しかし、採光面・通風面等からみてマンション構造の建築物ではベランダに目隠しをつけないことが当然視されてしかるべきであるから、この点についても黙示的承諾を推認して妨げないというべきである。

(三)  原判決は、本件マンションのような高層建物のベランダには目隠しをつけない習わしがある旨の控訴人の主張を本件全証拠によつても認めるに足りないと判示している。しかし名古屋市内の各所に林立するマンションをみると、本件ベランダの如き場所に目隠しを設置している例は殆ど見受けられない。

二  被控訴人の追加陳述

(一)  本件ベランダから被控訴人の宅地を観望しようと思えば、いつでも観望できるし、洗濯の物干しなどに際しては、意識しなくとも観望してしまうのであるから、本件ベランダは民法二三五条一項の「他人ノ宅地ヲ観望スベキ椽側」に該当することは明らかである。民法二三五条は、もともと隣人の私生活を保護する規定であり、目隠しを設置することが採光・通風上妨げとなることはやむをえないこととして甘受すべきである。

(二)  原判決が本件ベランダに目隠しをつけないことを被控訴人が黙示的に承諾したことはないと判示したのは正当である。原判決が認容した程度の目隠しをつけることによつて、控訴人や本件マンションの賃借人が蒙る本件マンションの価値・効用の低下は、被控訴人が免れる生活上の苦痛に比するべくもない程僅小である。現に本件マンションの西側には、隣接する居室のためにルーバーの目隠しを設置している。

(三)  高層マンションのベランダに目隠しをつけない習わしは存在しない。名古屋市内において目隠しを設置している例が殆どないのは、隣地との境界線との距離を予め十分取ることによりその必要が生じない例が多いだけのことである。

理由

当裁判所も被控訴人の本訴請求は原判決の認容した限度で正当としてこれを認容し、その余は失当として棄却すべきものと判断するが、その理由は左に付加するほか原判決の理由説示のとおりであるから、これをここに引用する。

1  控訴人は、原判決が本件ベランダは民法二三五条一項の縁側に該当するとした判断を批判攻撃するが、日常の用語例によると、「縁側」とは家の外側に沿い、室の外にある細長い板敷をいい、狭義には日本式木造家屋の雨戸の敷居より内側に存するものを観念するのであるが、雨戸の敷居の外側につけた縁側を「濡れ縁」と呼び、家屋に沿つて外へ張り出した縁側を「ベランダ」と呼んでいるのであつて、「縁側」には「濡れ縁」及び「ベランダ」が含まれると解することができる。そして、民法二三五条一項の趣旨は、隣地所有者の私生活が他人からみだりにのぞかれる不快感を除去するため目隠しを附けることを要するものとしたものであるから、民法二三五条一項の「縁側」は、境界線より一メートル未満の距離において他人の宅地を観望することが物理的に可能であるような位置、構造を有する縁側を総て含み、濡れ縁及びベランダを除外すべき理由はないと解するのが相当である。原判決が本件ベランダの位置、構造、観望状態等を証拠に基づき認定し、本件ベランダは民法二三五条一項の縁側に該当するから控訴人において目隠しを設置する義務がある旨説示するところは当裁判所も正当と判断するのであつて、控訴人の所論を採用することはできない。

2  控訴人は、被控訴人が本件ベランダに目隠しをつけないことを黙示的に承諾した旨の抗弁を原判決が排斥した点を論難しているが、原判決は理由二(一)の項で右抗弁を排斥する所以を詳細に説示しているのであつて、当裁判所も右説示を正当と判断する。控訴人がマンション構造の建物ではベランダに目隠しをつけないことが当然視されてしかるべきであると主張する点は、独断というほかないのであつて、とうてい採用することができない。

3  さらに、控訴人は、民法二三五条一項の規定と異なる慣習が本件マンションのような高層建物のベランダについて存在する旨抗弁し、これを排斥した原判決を攻撃しているが、本件全証拠によるも右慣習が存在するものとは認められないとした原判決の判断は、当裁判所も正当として是認することができる。

よつて原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(瀧川叡一 早瀬正剛 玉田勝也)

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